ImoZ-Blog

何でも書いてるブログです。アウトプット、思考整理、趣味など諸々の痕跡を残していきます。

🧯 コミュ障ってつまりこういうこと、というメタ的思考

コミュ障 ≒ エンタメを知らない(知ろうとしない)

たぶんこれじゃないかなと思ってる(自戒)

コミュニケーションは以下の2種類があると思っていて、

  • 0→1:話題を提起して会話のテーマを決められる人
  • 1→10:既にある話題を展開、もしくは関連した新しい話題を提起できる人

1対1での会話を考えた時、どちらかが必ず何かしらの話題を提起しなければならないので0→1が必要

いやいや何話すのよ、って感じだけどここで助けてくれるのがエンタメ

なぜか?共通言語だから

本来知らず知らず耳に入っている、覚えているっていう要素のはずなんだけど、いつの間にかそれを遮断してまで他の事に没頭したりしていると….何話せば良いんだろう、になってしまう

子どもの頃の会話ってそんなもんじゃなかった?私だけかもしれないが

「昨日のポケモンみた?」( 0→ 1 )

「見た見た!アチャモ進化したな~!」

「ワカシャモかっこよくね?( 1→10 ) 」

「え~わたしはアチャモの方がかわいくて好き~ ( 1→10 ) 」

「えー!ワカシャモに決まってんだろ~!」

本来0→1ってそんなに難しくないはずなんだけど、生活していく上でどこか自分で難しくしてしまったのではないかと思う

で、コミュニケーションを難しくしている人がどういうことを話すかというと、

「いや絶対バシャーモの方がかっこいいよ」

これの何が問題かというと、アチャモが進化してワカシャモになったという話をしているのに、バシャーモという単語を出してしまうこと

確かにバシャーモはワカシャモの進化系…ではあるのだけど、それを知っている人、知らない人で会話を分断してしまうのよね

そして一番良くないのは、それが会話を終わらせてしまうことがあるってこと

「ワカシャモの進化系なんだ」

「へ~そうなんだ~~」(終)

知らない話題に対して口を閉ざしてしまいがちなのはコミュ障が一番分かっているはずなのにね

「で、そのバシャーモってワカシャモからどんな感じになるん?」

ここから会話を広げ直せる人がモテる(性別問わず愛される)。

より踏み込んだ内容を話すことこそ、本来は結構大変なはず

でも知らず知らず踏み込んだ内容にしか触れてないとそれがデフォルトになってしまうよね

エンタメでリセットするのが良いよということ


本来、人と人のコミュニケーションに”相性”は無い

のだが、1→10同士が相まみえると会話が続かなくなりがち

エンタメを勉強することで場を凌ぐことができる

1→10ならできる人は、相手に話してもらうのが上手な人。

例えば知らない俳優の話になった時、
「へ~、実はあんまり聞いたこと無い名前なんだけど、どんな作品に出てるの?」

→自分としては知らない人ではあるが、相手にボールを返し継続して話をしてもらえる
この後のパターンとしては、

「○○とか△△で出てるよ、××は主演だったりするんだよね」

こうしておけば、もしかすると

「××なら知ってる!かくかくしかじかこういう作品だよね」

「××に出てる◇◇って人も知ってるよ」

といった具合に、相手が話をしたかったけど自分が知らない俳優と関連させつつ、自分が知っているフィールドに話を持っていくことができる

「テレビに出てる」「Youtubeで見た」「Tiktokで流れてきた」は共通言語。これはテストに出る

エンタメを知らないことによる弊害
コミュニケーションが成立しない….!!!

会話ってエンタメの突き合わせ擦り合わせだと思う

突き詰めた先の世界に存在する人ってほんの一握りで、そのレイヤーでコミュニケーションしようよと声を掛けても「お、いいぜ」となることは無い

みんなが知ってるフィールドが「エンタメ」つまり共通言語ってわけ

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みんなが知ってる=会話の成立
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片方が知らない世界の話をする時は、入念な準備が必要